2015/09/08

短気は長生きできるのか?


 結論? 断言する。否。
 青木無常。







 私は自分の感情を抑制することが苦手。
 簡単に怒りが爆発するし、とまらない。
 というより、怒ってるときは徹底的にやるべきだ、という気分になっている。



 そんな人間が社会的に受け容れられるはずもなく。




 後悔?
 確かにそれは、あまりしないかもしれない。



 でも、得をしたと思ったことも、一度としてない。







 追いこまれた。

 という感覚しかない。
 怒る以外に選択肢のない状況に、追いこまれた、としか。



 だから、怒りをぶちまけた相手を許容する気分にもなれない、というよりますます相手に対する怒りが蓄積する。





 たいがいその対象を、自分より弱い相手と感じてはいない…ってのもあるからなんじゃないかな。

 弱い相手に八つ当たりをしてしまった…ってな状況も皆無とまではいわないけど。

 そういう場合なら、申し訳ないことをしてしまったと心から感じることもできるんだけど。

 残念ながら、そんな状況ってあまり覚えがない。







 だから、自分より立場やらなんやらが上の相手に怒りをぶつけたずっと後日に、皮肉まじりによくいわれるセリフも共通している。

 こちらの神経を逆なでする定型句。



 あなたは怒りをぶちまけまくってるから、ストレスたまらなくていいよね。







 この手の定型句。

 想像力のカケラもない定型句。

 本気でそう思っていっているのなら、己の知性を疑ったほうがいいと思いますよ。(^-^)

 本気ではなく、相手のストレスを助長して寿命のいくばくかでも縮めてやろうという底なしの悪意にうらづけられた言動であれば、たいへん効果的ではありますけどね。(^-^)






ロケットニュース24 2012年12月31日
短気は長生き!? 怒りや不満をすぐに表に出す人は感情を抑制する人よりも長生きできるらしい
http://rocketnews24.com/2012/12/31/280993/


 もちろんご想像どおり。

 怒らざるを得ない状況に追いこまれたことも、そういう相手とその後も顔をあわせなければならない状況も、そしてそういう相手がこういう態度で接してくることにも。

 ストレスそのもの。







 たしかに発散はしているのだから、怒りを抑制して抱えこむストレスとは無縁なのかもしれない。

 ただし社会生活をしている以上、たとえ短気とそしられるような人間であろうとも、見た目どおりに怒りがわきあがるたびにダイレクトにぶちまけまくっているはずもなし。

 短気な人間だって、抑制している場面は数限りなく存在する。







 そんな“主観的”事実も含めて、感情を表に出さない人ほど“高脈拍”とは…あまりに一面的な結果ではなかろうか。



 ていうか。

 怒りをぶちまけている時というのは、極端に高脈拍になっていることは当の本人であればきわめて明白に自覚しているのではないか、という気もする。濃厚に。





 無論ぶち切れまくっているときにそんな自覚が意識されるはずもない…

 …というわけですらない。

 血管ぶち切れそう!

 という言葉自体に、すでに自覚が含まれている。

 もちろんわれを忘れている状態のほうが多いだろうけど。





 怒りながら自分の心臓の鼓動のすさまじさに、ヤバいなコレと心のかたすみで思っている場合だってある。

 怒りながら血圧を計測したこともないのでアレだけど(^_^;)、おそらく血圧も激烈に上昇しまくりまくっているだろうね。



 負の感情にふりまわされて得なことなどひとつもない。



 だからさまざまな方法を模索して、自動反応の奴隷から脱却する方法をどうにかして見つけだそうともがきつづけている。







 幸いにして、激烈な怒りの衝動に襲われても、その状態そのものを客観視できるようにはなってきたかもしれない。



 だからって怒りを抑制できるってもんじゃないなあ、と怒りのさなかに自覚したりする程度には。

 …これって、なにか進歩してたりするのかな…という、はなはだ絶望的な疑問がよぎったりする自覚の内容ではありますがねえ。(`▽´)



 思い出しただけで怒りに震えつつ本日はこのへんで。
 最後まで読んでくれてありがとう。
 それでは、また~(^_^)/~~












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