2014/02/07

レビュー『エンダーのゲーム』劇場版 楽しかったけど佳作とも駄作とも断定できないむずがゆさ


 ヒットしてくれると、うれしいのは間違いないんですがね。
 青木無常でございますよ。

映画『エンダーのゲーム』予告編



※このレビュー記事はレビュー専門ブログ
 「無名戦士の黒い銃」に移転予定です。



 というわけで、本日は映画『エンダーのゲーム』のレビューであります。



 もちろん、本日もネタバレしまくりなので、原作・映画をこれから消化しようという場合は、リンク先なども含めて以下内容を読むかどうかは、くれぐれも自己責任、ということでご了承願います。。



 さて。

 前回のあらすじで、ネタバレネタバレとしつこくくりかえしましたけど、正直な話、勘がよければ予測もつく内容ではないか、とも思う。

 尺なり構成なり、あるいは宣伝の思わせぶりな閉じられかたなり、むしろこれで“驚愕の結末”というあおりを平気で前面に出せるところが、私からすれば実に度胸がありすぎるのではないかと皮肉まじりに思わせられる。


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 ともあれ、仮にネタバレしているにせよ、そのおもしろさに影響はないとも思えるのはたしかだが。



 問題はやはり、限られた上映時間に原作の濃密な内容を過不足なく詰めこもうとした構成にあるだろう。

 私個人とすれば、まったく問題なく楽しめる内容だった。

 徹夜明けという、映画鑑賞には最悪のコンディションであるにも関わらず、眠気などいっさい感じずに最後まで観られたし、深い満足感をも味わえたのはまちがいない。

 しかし、あくまで、原作の内容を知悉している、という、巨大な前提が存在する。


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 原作を知りつくしているからこそ、その“映像的”補完としての機能を、映画は発揮したのだと考えられるのだ(余談だが、どこぞのヲタ監督のせいで“補完”という単語に醜悪きわまる色がついてしまっているのは甚だ迷惑な事実だよなあ)。

 見たかった光景が、現実として展開されている、という感覚。

 これが、私が感じた満足感のすべて、といっても、いい過ぎですらないかもしれない。

 そういう危惧を、同時に感じていたのも事実なのである。

 そのあたりが非常に気になったので、いろいろと調べてみたところ、杞憂とも、あるいは危惧そのものともとれるレビューがそれぞれ見つかった。


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 その代表例として、こちらにリンクを貼っておく。


coco - 映画レビューサイト
エンダーのゲームに関するみんなの感想


 原作を知っているかたのレビューはとりあえずおいておくとして、そうでない人の感想はやはり二極にわかれている感がある。

 原作は知らないが充分に楽しめた、というものと、原作を知らないから楽しめなかった、という二極。

 楽しめない、という意見にはやはり、駆け足についていけなかった、あるいは説明不足でわからなかった、というフラストレーションの表明が目立つ。

 この原因はやはり、想像力で欠落を補えたか否かが、重要な分かれ目として機能しているのだろうと推測できる。

 数々のキーワードから、原作を知らずとも概要を類推できる場合は、充分以上に楽しめたのではないか、と。



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 たとえば「サード」。日本版の宣伝でもキーワードとして押し出されているが、充分な説明が映画のなかでされているとは考えにくい。

“thirdとは「第3子」の意で、文字どおり三番めの子どもをさすが、この映画のなかの社会では、人口増加による少子化政策で、子どもは二人までに制限されている、という設定がある。

 だがウィッギン家では、兄ピーターと姉ヴァレンタインがあまりにも優れていたために、特例として「第3子」が認められた、ということになっている。

 それ故に、エンダーはきたるべき戦争の指揮官となることを運命づけられているし、それ故に妬み・差別の標的ともなっている。
 ――という前提での、物語序盤でのモニターにまつわる展開であるわけだが、原作を知らない場合には、このあたりは明らかに説明不足。



 また物語全般をとおして、エンダーの持つ共感能力が重要な鍵となっているわけで、それがあるからエンダーが優秀な兵士として、また指揮官として<以下ネタバレ>どんどん頭角をあらわしていくわけであり、異種知性を絶滅に追いやることができるほどに敗北させることもできるわけであり、そして異種知性が真には何を望んでいたかに<以上ネタバレ>たどりつくこともできるわけであり。

(それじゃあ、なんでその共感能力でグラッフ大佐や大人たちが秘匿していた“どんでん返し”も察知してしまえなかったのか、という疑問も、いまさらながら感じもしたことは事実なんだけど(^_^;)、ややこしくなりそうなのでとりあえず棚の上にしておく(^_^;))。



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 原作との相違はほかにも多々ある。

 たとえば、ビーンが後輩としてではなく同期として登場する点。

 ドラゴン隊の編成が、エンダーへの圧力として機能している原作に比して、なじみの面々がそろっている映画の場合は流れとして弱い。

 当初は年少の、錬度も低いとしか思えない新参兵ばかりを押しつけられた感がありながら、実はビーンという“みそっかす”がスクール内ですら稀有な才能のもち主でり、また他の者たちも新兵とはいえ粒ぞろいであることがわかってくる原作版における痛快な展開は、映画版の構成では望むべくもない。



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 訓練の中心であり見せ場でもあるバトルルームでの戦闘も、原作に比して映画はあまりにも端折り過ぎ。

 あれでは、つぎつぎにエンダーに課される理不尽きわまる命題=圧力もほぼないに等しい。単純に、ごく短期間でエンダーが昇進していくようにしか見えない、とすら思われる端折りっぷりだ。



 ヴァレンタインやぺトラ、ビーンなどの仲間たちとの心的交流も充分とはほど遠い描かれかたではないかとの危惧が強い。

 一番ひどいのは、ピーターの扱われかただろう。
 原作では、暴虐で残酷でありながら、それだけに留まらないピーターの深みが暗示されている。特に、ネットを駆使し、ヴァレンタインと協力しながら十代の若さで世界的な影響力を持つ論客へと成長していく過程がごっそりカットされてしまっているのが痛い。

 もっとも、この部分はカットしなければ映画の尺にはおさまらない最有力部分ではあるので、しかたがないといえばしかたがないが…。

 それにしても、ピーター役の俳優を、あんないじめっ子感まるだしの外人ジャイアンにせず、もう少しエンダーに近い容貌の配役にして、せめて旅立ち前夜、眠っているエンダーに同情して泣くシーンだけでもつけ加えてくれていれば…と、忸怩たる想いを禁じ得ない部分ではある。



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死者の代弁者』へとつづく終盤部の内容が皆無に近い欠落ぶりであるところは、ひとつの映画として完結させるべく考えればこれもいたしかたないが、あの終わりかたでは原作に沿った続編は期待できない以上、やはり不満は小さくない。



 114分となると、長尺の部類に入るのだろうが、ルーカス御大の功績に乗ってSF映画の地位もイメージもずいぶんとかわったはず。

 せめて、物語の軸となり最大の売りでもあるバトルルームでの展開は、もうすこしだけでもじっくりと描きこんでほしかったところではある。



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 よいところにも言及しておこう。

 映像的には非常にできがいい。

 とはいえ(よいところに言及、とかいいながらさっそく苦言に戻ってしまうが)、逆にいえば、おお! と目を見はりたくなるほど斬新な部分も、特に見当たらなかったという点においては、よくもあしくも優等生的、という評価をくださざるを得ない部分ではある。

 個人的には、小ぎれいな地球側施設・メカの感じはあまり好きとはいえない。スターウォーズ的な、使いこんだ感がエンダー世界にマッチする、といいたいわけでもないが。

 対してフォーミック側の、よい加減での“生物的”なデザインは秀逸。

 生物的メカというと、妙にぎとぎとしたスプラッター感が無意味に加えられていたり、といった過剰な演出が鼻につくものが多いが、本作においては適度な部分で生物とメカとの境界が設定されている感が濃厚で、デザインとして非常に(いい意味で)優等生的だし、おもしろかった。



 苦言を呈した構成にしても、あのあまりにも濃密な原作を、映画の尺のなかでよくまとめた、という見方もできる。



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 キャスティングも、スティルソンやピーターのあまりにもいじめっ子まるだし感を除けば、すばらしい。

 私が観たのは吹替版だったが、声優陣もすばらしい仕事をしていた(字幕版にしても、高評価が目につくだけで、悪い評判は特に見かけない)。

 すくなくとも、土曜日の映画の日に、朝一とはいえ空席が目立つような閑古鳥の鳴き声にふさわしい駄作、とは思えない。

 つーか、吉祥寺で封切館がない時点で、けっこう大作あつかいされてないというか、不遇な感じは濃厚にただよってはいたんだけどね(^_^;)。



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 映画館に足を運べるかどうかも危うい旨、以前の記事でもちらっと触れましたが、実際、金銭的にきわめて苦しい状況のなか、映画の日である2/1、徹夜で新宿のピカデリーにいった甲斐も、個人的には充分にあった。

 いや、徹夜でならんだとか、そういう話ではなく、単に夜勤で働いてるので、寝る時間がとれなかったってだけであります。

 土曜日+映画の日ってことで、混雑も予想して朝一番の回にいったのですが、席は半分も埋まっていたかどうか、というところではありました。

 やっぱ宣伝もいまいちっぽいし、残念な状況ではありましたね。



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 とはいえ、この作品を大作扱いしていない映画界の不遇っぷりを、あまりにも見る目がないと嘆くほどの佳作、とも、持ち上げるほどではない。



 カードの原作では、邦訳されていないシリーズ続編もまだたくさんあるらしいが、この状況だとそれが訳されるのはあまり期待できないだろうなあ。



 というわけで、映画『エンダーのゲーム』へのレビュー、以上です。
 最後まで読んでくれてありがとう。
 それでは、また~(^_^)/~~




『エンダーのゲーム』及びその関連作品に言及した青木無常名義の記事:
読書録『エンダーのゲーム』
読書録『死者の代弁者』上・下
読書録『エンダーズ・シャドウ』上・下
読書録『ゼノサイド』上・下
読書録『エンダーの子どもたち』
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※本稿にて使用している楽天リンク画像は(いつもにも増して)イメージ画像として使用しているものが多く、記事内容と直接のつながりがない場合があります。



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