2014/02/27

ツタンカーメンの父が遷都した太陽神の都「アケトアテン」は豊かな暮らしの理想郷?


アクエンアテンが遷都したアケトアテンは、豊かな食料と
すばらしい音楽に満ちあふれた理想郷のように描かれていますが、実は…?
青木無常でありますよん。


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では本日は「黄金のマスクとともに埋葬された少年王ツタンカーメンは幸福だった?
ツタンカーメンの父アクエンアテンは両性具有の畸形王?
にひきつづき、エジプト新王国にまつわるニュースのご紹介でございますよ。


ナショナルジオグラフィック March 14, 2013
古代エジプト、人骨が語る過酷な暮らし


インドの古代都市ハラッパーについての記事でも
古代文明の“陰鬱な側面”がほの見えてしまったのですが、
本日の内容もやはり陰鬱。

3000年近く前の古代文明においても、
搾取の歴史がすでに始まっていたという。

つーか、王朝ってもの自体が、搾取によって
成立するもの、ということなのかもしれませんねえ。
なんとも陰鬱な話なんですが。



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ツタンカーメンの父アクエンアテンが、
アメン神官団の勢力増長をきらって宗教改革を断行し、
現在のアマルナというところに遷都した、ということを
昨日の記事でご紹介しました。

この都市の壁に刻まれた彫刻には、
豊かな暮らしが描写されているらしく、

農場では牛が肥え、倉庫には穀物と魚があふれ、ファラオは音楽家の演奏を聴きながら肉のごちそうを食べて
いたそうなんですが、どうやら
そんなすばらしい暮らしを享受していたのは
一部の王侯貴族だけであったらしく。



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どうも、一般庶民の墓地から発掘した人骨を調査したところ、
かれらはひどい暮らしを強要されていたらしい実態が…

都として栄えた15年ほどの短い期間、アマルナには2万~3万人が暮らしていたが、そのうちおそらく10%が富裕な上流階級で、広大な邸宅に住み、贅をつくした墓を建てた。残りの90%は、現在は南の墳墓群として知られる共同墓地でその一生を終えた。
ツタンカーメンの例をあげるまでもなく、
当時のエジプト王は、王家の谷に豪華な埋葬品とともに
再生を視野に入れて手厚く葬られていたにも関わらず
90パーセントに及ぶ庶民は

南の墳墓群の200基以上の墓を発掘した結果、棺はわずか20しか見つからなかったという。ほとんどの人骨は“むしろ”のような物で巻かれていた。棺での埋葬が望ましいと考えられていた当時の社会にあって、これはおそらく質素な埋葬方法だと思われる。見つかった数少ない棺の1つには、古代エジプト文字ヒエログリフの彩色が施されていたが、文字は解読しても意味をなさず、棺の職人とおそらくは注文主も読み書きができなかった
という、あからさまな格差の痕跡。


また子どもの多くは栄養失調で発育不全の状態で
発見されているらしい。なにしろ

8.5歳前後より年長の子どもたちに深刻な発育不全の兆候がみられた。子どもたちは満足な栄養を与えられずに体を異常なほど酷使していた可能性が考えられる。シドナー氏によると、子どもたちの骨には絶えず筋肉を使っていた痕跡がみられる
そうで、人道なんて言葉は、もしかしたら
この時代には存在しなかったのではないか、と思えるほど。



では大人はどうか、というと、子どもの扱いを見れば
おのずと明らか。

人骨の75%以上が四肢や脊椎に関節炎を起こしており、重労働に従事していたことを示している。背骨が折れたり押しつぶされていることも多く、調査した人骨の67%から骨折が治癒した、または治癒しかかっている痕跡が最低1カ所
という悲惨な状況が判明。


「古代エジプトの人骨で、これほどストレスと病の痕跡を残しているものは報告例がない」
という記述もあるし、これはアマルナだけの
特殊事情、と考えるべきなのかもしれませんが、
それにしても…。



ピラミッドの造営は、王の権力誇示ではなく
失業対策だったのではないか、という説も
どこかで何度か目にした記憶があるのですけど、
実際どうなのか。

むらむらと疑問がわいてくる話であります。



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現代に、それも日本に生きるわれわれは
なんだかんだいっても、古代のあからさまな
圧政に比べれば、ずいぶんとマシ、では
あるのかもしれませんねえ。

搾取の構造が巧妙化しただけ、とか
そういう悲観的な分析はこの際、なしにしておきましょう。
(´_`。)



生まれかわるなら、真なる理想郷で。
そんなものが人間社会に実現し得るかどうかはともかくとして。



ユートピアを夢見つつ、本日は以上です。
最期まで読んでくれてありがとう。
それでは、また~(^-^)/~~




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