2014/02/25

黄金のマスクとともに埋葬された少年王ツタンカーメン、実は不幸だった?


豪奢そのものとの印象すらある、あの黄金のマスクのファラオが、
病弱で不幸な少年だったとしたら?
青木無常でありますよ。


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さて、今日から三回程度にわたって、
エジプトでももっとも有名なファラオと
その周辺に、ちょいとだけふれていきたいと思いますよ。



ツタンカーメンといえば、ギザの三大ピラミッドとならび、
それこそだれもが思い浮かべるエジプトの象徴。
黄金のマスクの豪奢にして美麗な姿もまた、思い起こすまでもなく
容易に脳裏に描くことができるほど強烈なイメージを惹起することでしょう。

別に古代エジプトの歴史にふれずとも、
すさまじい富に囲まれた最高権力者の姿を
想像せずにはいられません。

事実、彼の遺品は2000点にも及んだとのことで、
どれも贅を尽くしたものばかりだったとか。



しかしこの、世界一有名なファラオは実は、特に目立った
業績も残さぬまま、19の若さで夭逝したことでも知られているのみならず、
DNA調査により、病に苦しめられた不幸な生涯であったことも
白日のもとにさらされつつあるようなのですよ。


ナショナルジオグラフィック February 17, 2010
ツタンカーメンの謎、DNA調査で解明



そもそも彼がもっとも有名な栄華の象徴として
世界中に知られているのは、その王墓が
手つかずのままで発見されたから。

「王家の谷」と呼ばれる遺構からは、
エジプト新王国時代のファラオたちの王墓が
多数発見されているのですが、そこに残されたほとんどの遺品は
墓泥棒によって荒らされ、見る影もない。


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そんな中で、唯一、ほとんど無傷で発見されたのが、
ツタンカーメンの王墓。

その豪華きわまる遺品、財宝の数々が
エジプト考古学至上、はじめて
手つかずで発見されたという衝撃。

その事実が、盗掘を免れた奇跡ともあいまって
この少年王を一気に世界一有名なファラオに
押し上げたというわけです。



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(ついでに、ファラオの呪い、
という昏いロマンチシズムに色彩られた、
これまた世界でももっとも有名な怪談、
という側面も無視できないものがあるかもしれない。

この件については、また別にふれる機会もあるかもしれないが、
これはデマと誤解に基づき逸話だけが燎原の火のごとく拡散した
根拠のない伝説の代表例であるという説が有力らしい、とだけ付記しておく)



参考:「超常現象の謎解き」より『ファラオの呪い



そもそもツタンカーメンが王として即位していたのは、
9歳から19歳までのわずか10年ほど。

さらに、その短い生涯の実情の一端が、
DNA調査によって明らかにされたところによると、
どうやら彼は、マラリアを患い、骨組織の壊死に苦しめられた、
虚弱体質の少年であったとの事実が。



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くだんのDNA調査は2010年、エジプト考古学研究グループによって
行われたもののようですが、マラリアの痕跡や
骨障害などが確認されたとのこと。

記事中にも

命の危険はなかっただろうが、その痛みは相当なものだったろう。墓から杖が多数発見されたことからも、ツタンカーメン王は歩くのに杖が必要だったと考えられる
とあり、さらにはマラリアによる免疫システムの弱化のため
骨折の回復が遅れたまま夭逝したらしいことも報告されている。


ナショナルジオグラフィック February 17, 2010
ツタンカーメンDNA調査:杖をつく姿


暗殺説もまた以前から噂されていたようで、今回ご紹介した
ニュースでは「根拠がない」と研究者に語られているものの、
直接の死因がマラリアと大腿骨の骨折である、ということが
わかっただけで、骨折の経緯は依然、不明なまま。



どうあれ、Wikipediaも見てみると

ツタンカーメンは近親交配で生まれたことによる遺伝による先天的な疾患を多数患っていた可能性が非常に高いことが確認されている。具体的には変形した背骨、欠損した足の指、臓器疾患の跡等が確認
されている、との記述もあり、
想像するだに、どうにも幸福な人生を送ったとは
思いにくい状況であることは確かな様子。



そもそも当時のエジプトのファラオは、近親交配も含んだ
複数の妻をもつことが当然であったらしく、
父親の死後、王位継承をめぐって息子たちが
争う状況も珍しくなかったようでして。



古今東西の歴史や創作から、王家に生まれたからといって
幸福とは限らない、というよりは、むしろ
平穏な人生を送ることのほうが難しそう、というイメージはありますが。


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それにしても、あの黄金マスクのファラオが
華奢で、激しい痛みに苦しめられたため、
歩くのに杖を必要とした虚弱体質の少年であった、
という発見をこうして突きつけられると。

その過剰に豪奢な副葬品に囲まれた
埋葬状況もまた、その人生の不幸の裏返し
…などといってしまうと、早計に過ぎるのでしょうけど、ね。



と、ここらあたりで、明日につづきます。
読んでくれてありがとう。
それでは、また~(^-^)/~~




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