2013/04/09

仕事って何? どうして好きなことして生きられないの? って疑問自体がすでに贅沢?

ご訪問、コメント、ありがとうございます。
青木無常であります。



はい。
私、まじめさには定評がありまして。
他に何をおいても、遅刻も無断欠席も
一度もしたことがないのが取り柄でございます。

……っていわれても、困りますかね。
面接官のかたは。

お察しのとおり、典型的な社会不適応者です。


ロケットニュース24 2013年3月24日 の記事
日本の「就活」を見事に描いたアニメーションが話題に! ネットの声「息苦しいほどに絶望的」「いかにも日本らしい…」

動画はこちら ↓




現在は、いちおう、糊口をしのぐために、
働いておりますがね。

就職とか仕事とか、
楽しいと思ったことは一度としてございません!
…てのは、言いすぎですけどね(^_^;)。

ま、しばらく前まで失業しておりましたので、
就職活動はいちおうしておりました。

てか、フリーターの走りでもありまして、
失業状態→目先だけの回復
てなサイクルはかなり経験しています。

今回は、自分をムリに売り込むことだけは
避けてきましたが。

結果に大差なし。



働かなければ食えない、なんてのは、
世の大部分のかたにとっては
当然の摂理でありますから。

この動画のような状況も、
経験したことがない人の方が少数派なんでしょう。

人間性などカケラもない状況。

日本だけの特殊事情のように、
ニュース記事にはありますが、
実際どうなんですかね。

日本はたしかに極端なのかもしれませんが、
仕事に幸福感を見出しているひとが
他の国にはそんなにたくさんいるのでしょうか。

サラリーマンに限らず、
食うための仕事を、いやいやではなく、
積極的に楽しんでいる人のほうが、
世界的に見れば一般的――

――なわけがない、と私は思うのですけどね。



インドのカースト制下だと、
床屋の息子は床屋。
掃除夫の子どもは掃除夫。

これまた、特殊な事情ですか?

奴隷制度なんてのは、
現在では少数派なんですかね。
あるいは建前上、存在しない?

むかしの日本では、
農民の子どもは農民。
教育なんてあり得ず、
動けるようになったら即、働き手。

それで一生を終えていたわけらしく。

かのヨーロッパでは
奴隷解放されたとき、
当の奴隷が、なにをして食っていけばいいのか
困惑したとも聞きます。

その後、どうなったのかは
寡聞にして存知あげませんが。

それが原因で餓死したりとかは
なかったとしても、
その困惑の度合いは想像するだに
はかり知れませんよ。



むかしの日本に農民として生まれ
農民として死んでいくひとびとは
それがあたりまえで、疑問すら抱かなかったとも。



自我とか個人とか、
そういう概念自体が近代特有の産物だ、とも。



となりの芝が青いことを知ってしまったことが、
不幸の始まりなのではないか、
という気が、濃厚にすることもするのですが。



では、
何も知らずに
奴隷状態に生まれたかったかというと
そんなことはカケラすらも思えない。



奴隷や農民として生まれることを
不幸とも認識せずに人生を終える――
のではなく。

たとえ奴隷や農民に、
むりやりさせられてしまったとしても、
そんな状況ですら幸福に生きられる人間が
もしいたとしたら、それこそ人間として完成している。

などという極論は、机上の空論なんでしょう。



何も残さず、うつろに死んでいくのは
あまりにもむなしい、
とか、そういう言いぐさも近頃ちょくちょく耳にしますが、
果たしてそうなんですかね。

なにひとつ残さなくても。

世の中に必要とされなくても。

傍からみればどうしようもない一生を送ったとしても。



幸福なひとは、いるのではないか。

と思うのは、単なる思考遊びに過ぎないのか。



そんなことを
改めて感じさせらた動画でありました。

どうも、仕事をしていると、
というか、世の中と関わらざるを得なくなると、
どうしてもネガティブに沈んでいくなあ……(T_T)。



ま、それはそれとして、
なにより、この動画、絵がシャレてて
すてきですよねえ。

こんなすてきな絵柄の動画を作りたい……。

せめて、
というわけではなく。



というわけで、本日はこのへんで。
それでは、また~(^-^)/~~








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