2012/12/22

時計仕掛けの世界

ご訪問、コメント、ありがとうございます。
青木無常でありますよ。



私のこの苦しみも哀しみも。
パンドラの匣のなかから最後に出てきた最悪の災厄も。
世界を満たしているのが憎悪や呪詛であることも。
その世界と私が届きようのない隔絶で断絶していることも。

すべては時計仕掛けで回転しつづける
歯車の紡ぎだす帰結でしかないのだとしたら。



と、折にふれて想いわずらい、
そうである証を、あるいはそうでない証を
見つけるたびに一喜一憂。

どうであれ、愚かであることにかわりなし。



ロケットニュース24 2012年11月19日 の記事
「恋は盲目」「恋は麻薬」は本当だった! 最新研究で恋がおよぼす影響が明らかに


記事の内容としては、
それぞれの言葉が字義通りに
「盲目」「麻薬」であることが
科学的に裏付けられた、というあたりですかね。


「恋は盲目」の場合、
いわゆる「あなたしか見えない」状態に陥っていると、
文字通り判断力が機能的に緩んでいる、と。

「脳がより生殖活動に集中するために、判断能力を鈍らせるのかもしれない」
の一文に不気味きわまりないものを感じるのは
私だけなんでしょうか。




「恋は麻薬」の場合は、
脳内麻薬「ドーパミン」が分泌されている状態である、
と、まあこちらは知識としては目新しくもないのでしょうが、
麻薬、てのは常習性があるものをさすはず。

脳内麻薬、という名前が冠せられている以上、
それは化学的に常習性が考えられる
ということなのでしょうかね。

ならば“依存”も、化学的な反応?

であるならば、やみくもに依存行動をくりかえしても、
耐性がどんどん積み重なって、
満足できない状態が慢性的になっていき

飢餓感ばかりに衝き動かされて
満たされないままただただ求めつづける……?

求めつづけている……?

しかもその衝動の根本にあるのは、
単なる化学反応だけであるのだとしたら……。





どちらも、科学的な動きの帰結に過ぎないのだとすれば、
われわれが幸福になる薬とか
われわれが幸福になる機械とかも、
いつか発明されるのでしょうかね。

どこぞの似非宗教団体は名前倒れであることが
明らかですがね。



薬や機械で人工的に制御できる幸福なんて、
真の幸福ではない、とか仰るんなら、
その“真の幸福”が何であるのかを、
どうやって実感できるのかを教えてほしい。

切実に。



今日も世界は回転する。

せめて、愚かであることすらも、
受容し、抱きしめることができるようになれれば




本日は以上です。
それでは、また。













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