2012/07/17

リミッターoff――自戒もこめて、もうひとつ記事を紹介

ガジェット通信 2012.07.14 の記事より
"叩いて構わない奴はとことん叩く"空気と、いじめの共通点


これもいじめ関連の記事で、
p_shirokumaさんという個人ブロガーのかたの
『シロクマの屑籠』というブログから
ガジェット通信が転載したものを
BIGLOBEが転載した記事です(ややこしいなー)。

いじめ関連の意見なんですが、視点がかなり違っています。

連日の大津のいじめの報道。
それを見て私も何度も言及しているわけですが、
「この尻馬にのってどんどんエスカレートするのはどうなのか」
とは、多少、思ってはいたのですよ。

で、p_shirokumaさんは、メディアにおけるこういった類の"正義の鉄槌"ぶりを
いじめの構造と同じ(もしくは類似?)と見ているわけです。

いわく、
「バッシングを公認されるような過失・落度のある相手は、どれだけ叩いても構わない。その際、相手がどうなるかは配慮しなくて構わない。それが社会だ」
という風潮がネットでも他のメディアでも当然とされていて、
たとえばネット上で起こる"炎上"という現象もこれと似ている、と。

「失言・過失・違法行為があったと判明した相手に対しては情け容赦が無い」
し、そういう人間に対しては、
その人間の人生がそのバッシングによって
どれだけ狂わされようと省みられることはない、と。

実は、なかば混同していることに気づいてはいたのですが、
私の場合に照らしていうと、
大津の事件の、いじめの"加害者"と
それを"放置"していたとみられる教育関係者。

"加害者"たちは事件後も反省する言動がみられず、
教育関係者は事実の隠蔽と責任逃れに終始。
という論調で、私自身も語っています。

もちろん、それがまちがっているわけではないとは思いますが、
混同しているのは、というか、あえて焦点を当てていなかったのは、
この状態が、
事件が起こってからマスコミが大騒ぎを始めるまでのあいだ
である場合も含まれていること。

自殺したひとに対して、死んでよかったなどというのが
言語道断な人非人的発言であるのは間違いありません。

でも、この件でガキどもがそういう発言をしていたのは、
記事をよく読んでみると、
マスコミがかみつく前の話、ですよね。

まあ、もちろん、マスコミが騒ぎだしたから
反省(したフリも含めて)しだす、なんてのも
ろくでもなさ加減でいえば大して変わりはないのですが、
少なくとも、露悪的な、反社会的な発言をしたのは、
それが公に喧伝される前のことであり、
現時点でかれらが何を主張し、何を感じ、
どういう態度でいるのか、というのは、
報道からは何も出てきていないように思えるのです。
(私の認識が間違っている、ちゃんとそのへんも報道されている、
という可能性ももちろんありますが。
そんなにまじめに追求しているわけでもないので)

担任教師に関しては、フライデーだったかな、
それまでの報道に輪をかけたふざけた対応を
取材に対して行ったという記事も見かけましたが、
他のメディアでは特にそれは見当たらなかった。

フライデーの記事には、
教師の自宅におしかけた記者の質問に対して
教師は「何も聞こえなーい」とばかりに
鼻歌で反応し、自家用車で出かけようとするので
身を乗り出してさらに質問しようとすると、
「敷地内に入らないでくださいね~」
と言い残して走り去ってしまった、とあったそうです。

内容が事実だとすれば、この教師は
ひととしてあり得ないんですけど、
なにしろ媒体がフライデー。
まあフライデーだから記事は事実とは全くちがう、
ともいえないし、ほんとうにこの教師がここまで
どうしようもない人間である可能性も
もちろんあるにはあるんですが。

まああとはすでに紹介した
校長が泣きながら自殺の練習は「もともと嘘」とぬかしたとかも、
マスコミの報道のあとの話ではあったわけで。

……このへんは、別にいわれなく
学校側の対応を非難しているわけでは、ないな……。

まあでも、報道が過熱するに従って、
こっちの論調も加熱していたのは事実。
(加熱しないようにこれでもけっこう自戒はしてましたが。いいわけ?)

デヴィさんのブログをみると(あれから読者登録してます)、
"加害者"側の生徒はどこかに身を移したらしく、
いまだに反省はしていない可能性も、
(そもそもの"事件前"の動静からして
ろくでもない連中であることは
間違いなさそうではありますが)
大いにあることはあるのですが。

これも当然のことといえば当然のことではあるのですが、
報道の加熱ぶりが、被害者側の悲劇性と
"加害者"および教育関係者側の人非人ぶりを
増加させる方向からしか見えていないのは事実。
記事を開いてはいないので申し訳ないんですが、
加害者にも人権があるといってバッシングされた人も
いたように記憶しています。

その人がどういう文脈で、どういう意図で
その発言をしたのかは知りませんが、
記事タイトルを見た限りでは、
「うん、加害者にももちろん人権はなきゃいけないのにな」
と思ったことだけは覚えています。

別に、こうしてふりかえってみて、
今回の件のパーチクどもにも人権はあるのだから、
もっとやさしくしてあげなきゃ、と思ったわけでは
かけらもないのですが。

ただ、いじめの「リミッター」が「off」になるプロセス、
という視点。
これは、着目・深化すべき秀逸な意見だと思うし、
その淵源に大人の「洗練された」いじめの構造が
あるという点にも激しく同意。
そして、落ち度を発見したときの、鬼の首をとったような
(我々も含めた)メディアの反応に、いじめと通底する心理があるのではないか、
という懸念にも禿同。

そしてもちろん、つねづね思ってはいるのですが、
報道の偏向にも、注意を向けるのは忘れてはいけない、
とも、改めて考えさせられた記事なのでした。
(このへんは、またやっぱりズレてますかね?)(^_^;)

ただ、報道が偏向しているとして、
それを確認する手段を思いつかないんだよな……。

いい知恵、何かあります?




※この記事は2012年07月16日 01時31分54秒にアメブロに投稿した記事のバックアップです
 現在元記事の方はアメブロによって削除されています



0 件のコメント:

コメントを投稿